伯洲のぼやき


これが四柱推命の恐ろしさなのか!

 以前、前田先生から、四柱推命は、特殊な学問で、運命予知には、的中率が、高いということを聞いていたのだが、まさか、自分が、鑑定士として、色んな人の運命鑑定するなかで、何気なく、松岡利勝農林大臣や、ZARDの坂井 泉水氏の命式を起こすなかで、本当に信じられないことが、起きているのは、新鮮な驚きだった。余りに、偶然にしては、蓋然性が、高すぎて、解釈としての是非を問いたいと感じているので、この二件の事案にかんしては、アップロードすることにした。まさに、この二件は、松岡大臣は、自殺として、坂井氏については、事故死になっているが、運命学上では、寿命としか、いいようが、ない。全く、論理的な結果は、自分自身も驚くべき結果になってしまっているので、驚いている。


坂井 泉水氏の場合

 私は、彼女の生年月日をインターネットサイトから、持ってきたので、正直なところ、生年月日を
意図的に変えられたら、彼女の死因については、自説が、なりたたないので、その点については、予め、お断りしておく。彼女のプロフィールによると、1969年2月6日である。そこから、カバラと、四柱推命を駆使して、彼女が、何故、2007年5月27日に亡くならなければ、ならなかったのかに焦点をあてたい。本来、運命学自体が、自由な発想に立たないと、どうしよぅもないので、まず、カバラでは、運命数6で、木曜日生まれだから、物凄く、多感な女性だったのだなという印象を受けます。そして、運命数6は、男性数3と女性数2を掛けた数なので、調和数といいます。ある意味において、完全数と呼ぶべき人もいるようです。しかも、この数の人は、男性だったら、マザーコンプレックスになる人が、おおいいし、女性だったら、オデップス・コンプレックスに陥る人が多いいのも、この数の特徴的な部分です。彼女の場合は、どうしても、父親像を模索する人が多いのも、特色の一つです。身体的には、心臓、血管系、性器関連と結びつきが、強いので、彼女が、子宮けい癌で、入院していたのは、正に、運命のいたづらかもしれません。そして、四柱推命では、日干が、壬子となるのですが、この日干は、冬の穏やかな大河の流れをあらわします。だから、非常に、気性は、内心的には、強く、それを表面には、現しません。温厚な人と見られますが、内心の闘争心は、凄い物があったと思います。それと、木曜日生まれを加えると、物凄く、感受性の強い傾向が、高まります。一応、彼女のそれが、一面的な性格だと思ってください。ただ、元命が、偏官なので、その傾向に拍車が、かかり、かなり、内向的な性格に芯がつくので、自分の信念を曲げないところも、あったようです。四柱推命では、大運と年運の走行を見ながら、解釈していきます。彼女の大運の走行は、8年運です。だから、初年運が、0~8年運で、後は、8から18年ごとの大運になります。次は、18~28、28~38という風になります。坂井さんの場合は、今年が、丁度、接木運といって、大運の移り変わりを示す年でしたから、精神的にも、肉体的にも、非常にきつくなるのです。しかも、驚いたことに、それが、今年で、恐らく、2月4日以降、運勢的にも、かなり、きつくなっていたと思います。しかも、28~38までの大運は、己巳になり、自分の年運の丁
亥で、亥-巳の沖になり、益々、精神的、肉体的に、追い込まれます。そして、年運の通変星は、正財ですから、本来なら、経済的に、恵まれる年です。ここが、重要なところですが、坂井さんにとって、正に、今月は、乙巳です。ここにも、亥―巳の沖の年月になります。物凄く、きつい月でもあったのです。まさに、ダブル沖の関係といって、こんな時は、なにやっても、うまくいきません。沖というのは、天誅殺の次に、良くない物と考えます。上記のことから、坂井さんは、大運が、接木して、大運と年運が、沖で、年運と月運が、沖です。そして、一番重要なことは、年運が、正財ということです。本来なら、経済的に恵まれる年です。ただ、この月は、ダブル沖だったということです。そこに、運命の5月27日が、来ます。坂井さんにとって、大変な日の巡り合わせの日です。坂井さんから見て、印綬の星は、命の星になるからです。要するに、命の星である印綬という星が、27日に、きているから、困ったことになるのです。何故なら、先ほど言ったように、坂井さんに、とって、年運は、正財です。正財は、印綬に向かっていて、印綬をやつける星です。だから、この日に、命を取られることになるのです。だから、日頃、行きなれた階段かもしれないけれど、まさに、坂井氏の命は、絶たれることになるのです。一応、事故死になっているけれど、運命学上は、寿命ととらえます。そういったところに、四柱推命の奥深さが、あるのです。けれど、死後も、とにかく、来年の2月4日までは、坂井さんのレコードは、売れ続けるでしょう。それが、まさに、正財の意味でもあるからです。だから、この正財と印綬の関係は、自分の命の関係が、遮断される年月日という関係が、成り立ちます。だから、遺族の方に言いたいのは、それが、坂井 泉水さんの運命だったということです。だから、心を開いて、彼女の死を受け入れた方が、心理的な摩擦を受けないですみます。人の死の衝撃の大きさをその人が死んで、対峙していくには、辛すぎるように、感じます。だから、私は、何か、おかしいとかんじれば、自分のサイトで、トピックな話題を何時でも、提供したいとおもっています。そのために、小さいサイトにしてるのですから。後は、戒名の不思議で、その事のことをお話ししたいと思います。


松岡 利勝 農林大臣の場合

 松岡大臣も、生年月日をインターネットから、拝借はしているので、それが、誤りだったら、自己の論理的な展開が、希薄になるのを前置きしておきたい。松岡大臣の生年月日は、1945年2月5日生まれだから、まず、カバラでは、どうなのかということを、前置きしながら、何故、5月28日でないといけないのかということを目的とします。これも、運命学上の寿命論をとっています。それは、後で、述べます。カバラでは、運命数が、8になり、月曜日生まれです。カバラでは、8は、支配数ともいいますし、又、この数を持つ人は、限界を上る登山者のように、とにかく、頑張りやさんが、多いのが、特徴的な数です。しかも、月曜日生まれだから、義侠心が、強く、正に、男なら、それが、強くでます。俗に言う、親分肌的な要素を数多く、持っている人でしょう。四柱推命では、日干が、乙巳のひとだから、非常に、真面目だが、粘り弱くなります。だから、松岡大臣の場合は、運命数に8をもっているから、調和されていると考えますが、しかし、日干にやはり、巳をもっているのは、今年の関係では、やはり、亥―巳の沖になり、自分にとつては、大変、精神的にも、肉体的にも、大変、きつかったのだと思います。松岡大臣の場合は、財星が、過多になっており、元明は、正財ですが、相当、金の出入りが、激しかったと思います。それが、誤解を生むきっかけでしょう。それと、肉体的には、癌になる場合も多いいと思いました。もしかして、既に、癌に羅漢していたのでは、ないでしょうか。これは、想像の域をでませんが、命式で、やたらに、戊が、目立ちます。それと、木も多いので、ノイローゼや、神経症もかかりやすいようです。ただ、生まれは、兄弟の多い中で、育ち、政治家になることは、宿命づくられていました。このような命式は、農林省出身の官僚としては、大事なことです。土が、多寡して、リーダシップも取れるのなら、農林大臣も適任でしょう。さて、大運は、一年運ですから、0~1年が、初年運になります。それから、1~11、11~21になります。そうすると、41~51の間で、人生の第六派が、きますので、ここが、天戦地沖といって、人生の折り返し地点になります。ここでの、世代交代が、必要だったと思います。今年は、人生の第8波である、61~71を生きています。大運は、辛未で、通変星は、偏官です。本来的には、巳、午、未で、3号開局して、運勢的には、大変いいのだけれど、天戦地沖の第六派を超えれば、命が、危ういといっておいた方がいいでしょう。それは、入院している人の運命鑑定にも、もちえますが、高齢になると、危ういといっておきましょう。まして、初年運が、1年で、早頭の場合は、大変なご苦労が、あったのだなあと、思います。今までのことをまとめると、まず、日干が、乙巳で、年運が、丁亥だから、亥-巳の沖になることと、元明が、正財ということ。しかも、大運上は、人生の第8波を生きていることは、重要なことなので、再度、記載しました。そして、5月28日をむかえるのですけれど、この5月は、乙巳となり、年運との間では、沖の関係になります。即ち、亥―巳の沖の関係が、認められるということです。だから、ここでも、ダブル沖の関係になります。そして、自分自身の元明は正財です。28日は、松岡大臣にとっては、印綬になります。まさに、正財が、命の星の印綬に向かっていて、やっつけますから、寿命になります。だから、秘書やSPが、いても、どうしようもならないのです。何故なら、寿命だからです。だから、松岡大臣は、天命を終えたのです。まさに、運命学の成せる術かもしれません。だから、遺族の方は、天命を全うしたと考えた方が心を開いて、松岡大臣の死を迎えやすいと思います。とにかく、魔が入ったとした考えにくいのです。そう考えないと、遺族的な感情は、やりきれないでしょう。まして、これを機会に任命責任うんぬんは、同じ日本人として、品格に欠ける様なことは、するべきでないと思います。世界中が、注視している中で、日本人の品格としての武士の情けが、あるなら、なお更でしょう。昔、川中島の合戦で、上杉 謙信と武田 信玄が、戦っていますが、謙信が、武田領に、塩を送っています。正に、敵に塩を送る故事です。昔の日本人には、これが、あったが、今の日本人には、そんなものもないのかでは、同じ日本人としての品性の問題になります。まして、教育再生を自民・民主両党が、掲げるなら、この問題は、重要です。正に、道義上の問題になるからです。まさに、民族意識が、問われているのです。松岡大臣は、寿命でいいではないかと心から、思うしだいです。遺族の方には、ご冥福をお祈りいたします。それが、日本人として、潔い、身の処し方と思っています。


戒名の不思議

 これは、わが父親の生前の遺訓というか、体得したというか、戒名は、仏教では、寺の住職が、つけるようであるが、最近、やたらに、院号をつけている方が、多い中で、これは、不思議なことなのだが、この世とあの世は、切断するべきである。だから、現世の物は、あの世にのこしては、いけないということです。仏になるということは、ある意味で、現世のものからの終焉を意味して、あの世にいくからである。それなのに、戒名に、現世での、所謂、姓名の一字を使うのが、多いのは、なにゆえだろうか。確かに、そちらの方が、楽につけることが、できるだろうけれど、現世の物を橋渡ししては、ならない立場からすると、奇妙な感じが、するのだが、だから、俗名の一字でも、
戒名につけるべきではないと考えている。それで、死因等が、わかるからである。特に、変死した人の戒名というのは、特に、俗名を使っている例が、多いことに、注意すべきである。だから、自分の父が、常日頃から、住職に口うるさいほど、いっていたことが、最近、よくわかる。おそらく、自分も、段々と、年をとっていくからであろうか、どれだけ、院号が、着こうとも、その下の戒名をみていたら、何となく、その人の生き様や死に様が、わかるから、不思議なものだ。だから、お坊さんは、金儲けばかり考えないで、戒名の不可思議性をもっと、よく、勉学してほしい。本当に、戒名というものは、生前の生き方と死に様を表しているのである。

  基本書として、
     原 勝文(はら かつゆき)著
       ものがたり戒名    琵琶書房発行
   アマゾンでは、ユーズドで、少し、あるらしい。

 本当に、父は、墓相や戒名などは、詳しかったし、こんな蔵書を色々と読んで、勉強したことが、へんな形で、自分の糧になっているから、親子とは、へんな関係である。
 それが、正に、日本的ということなのかと、思うから、不思議な物だ。
 民族間には、いろいろとあっていいんだと妙に、最近、考えれるようになったことは、不思議なものだ。そして、自分が、父の設計の墓を少しアレンジしたことは、本来なら、墓相学上、ゆゆしきことだろう。草葉の陰で、私を非難する父がいるけれど、それで、納得している自分が、いるから、いいことだと思う。きっと、母も理解してくれていると思う。血脈の不可思議性は、なんとも、いいがたいが、それは、一面の真理であるように思う。以上、5月29日の伯洲のぼやきでした。
  事の性質上、アップロードを早めにしたいとおもっているのだが、今月一杯になるかもしれない.そのことを遺族の方には、心から、お詫びしたい。